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kyoutanabesora


ちょいと、現在、恩師でもある末石先生が書かれたものを片っ端から目を通している。

環境社会学会で、「専門家とは」という特集があって、そこにも書けと言われているので。
末石論の中で、市民研究員などの概念を探り、そこから現在に通用する考え方を紹介しておきたいと思って。

私が5歳ぐらいの論考なども読んでみると、なかなかに面白い。
大阪万博のときの話など。この頃から既に先生は実名雑談好きである。
また、私などとは違うのは、専門を背負っているということ。
ただ、その専門を何とか脱ぎ捨てたいと思っていたのではないだろうか。
ただ、立場としてはそれはできなかったのでは。
でも、従来のその専門家なら出てこないような場所にも出てきている。

800にもおよび業績に目を通すのは大変なのだが、ぼちぼちやっている。

専門とは何だろう。

専門がほとんど無いことが良いとは思えないが、逆に専門が無いからこそ、学会などにあまり魅力を感じ得ないのか。

学識経験者としていろんな委員会に出席を求められる。
学識を経験しているとは何?

確かに、実はわたしも工学博士だったりするのだが、その研究手法を知っている、経験しているからといって、何?
織田裕二の「事件は現場にある!」ではないが、「研究も現場にある!」のである。

むしろ、ありえない意見を言う人びとや、地域の名士や団体をどう持ち上げるかとか、みなで共有するシナリオをどうつくっていくか、地域の方に誇りをもってかかわり、去っていく方法とは。いかに収入を得ていくのか。といったことは本や論文にもほとんど書いていない。

地域で必要なことはそういったことである。

うーん。「地域力」を持つということか。その基盤ができれば、その上に各専門からのさまざまな動きがしやすくなるのではないか。

そこが専門か?とてもまだ専門とは呼べないけれど。

医者にアナロジーすれば、専門医ではなくて、地元の何でも医院のようなものか。
赤ひげ?
治すというよりも、体質改善のアドバイスや運動療法などをアドバイス?

地元学
臨地学

といった概念も提唱されつつあるが。
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